| 公明新聞の全国版で箸荷地区が紹介されました 平成19年12月6日(木) |
ルポ 日本一の“元気集落”を訪ねて 兵庫県多可町箸荷地区
住民総出で多彩な地域おこし H19.12.10 update
平成19年12月6日付けの公明新聞の全国版に、箸荷地区が大々的に紹介されました。同社の許可を得て掲載します。
公明新聞 PDFデータ 本文→インタビュー記事→
「むら芝居」復活 農山村景観保存 特産品づくり
「田舎であること」を逆手に
周囲を中国山脈の山々に囲まれた兵庫県内陸部のまち、多可町。町域の80%を山林が占めるこの典型的な農山村地域に、やたらに元気な集落がある。世帯数わずか58戸、人口260人にも満たない箸荷地区だ。青年消防団員による「むら芝居」の復活、住民主導の景観保存活動、地酒や地紅茶などの特産品づくりなど、「田舎であること」を逆手にとった、そのユニークな地域づくり活動は半端ではない。晩秋の1日、山あいの集落を歩いてみた。
兵庫県下最長の加古川の流れに沿ってJR加古川線を北上すること1時間。西脇市駅でバスに乗り換え、さらに1時間、北へと向かう。やがて加古川の源流・杉原川が右手に、前方から雄大な中国山脈の山々が迫ってくる。箸荷地区だ。
出迎えてくれたのは、この集落のむらおこしの仕掛け人≠ノして、多可町役場職員、地元消防団OBの今中孝介さん(46)。「まずは集落の全景を」と案内してくれたのは、小高い丘の上にある神社の境内だ。
「なるほど、ここなら全貌を望めますね」。山ろくに抱かれるように点在する家々や水路、あぜ道も含め、すべてが自然に溶け込んだ田舎の風景が眼下に広がっている。すすきの穂を揺らす風も穏やかで、時間もゆったりと流れていく。無論、コンクリートづくりのビルなどひとつもない。昔も今も、火の見櫓が集落一の高さを誇っている。
それもそのはず、ここでは住民同士が「景観むらづくり協定」を結び、古里の原風景を壊すような家屋建設を自ら禁じているのだ。策定は2000年12月。翌年には県の景観形成条例認定第1号にもなった。
「ここには、な〜んにもないんです」との文章で始まる協定は、「だからこそ、この日常の何気ない風景を大切にしたい」として、景観保存にかかわるルールを細かく取り決めている。建物は2階建てまででコンクリート造りは自粛する、屋根は山並みに沿った傾斜屋根とし和瓦など伝統的材料を使う、外壁は漆喰や羽目板張りに――といった具合だ。田畑やあぜ道の維持管理や、けばけばしい掲出物の禁止もうたっている。
だから、地区内どこを歩いても看板1枚見当たらない。自動販売機も集落のはずれに1台あるだけ。エアコンの室外機すら、道から隠れている。そう、まさに「な〜んにもない」のだ。
だが、この懐かしい農山村風景こそが1世紀前、英国の旅行家イサベラ・バードが絶賛した「アジアのアルカデア(桃源郷)」ではなかったか。「つつましく、懐かしいこの空間を、このまま子どもたちに伝えたい」。そよ吹く風に揺らぐコスモスに話しかけるように、今中さんがひとりごちた。
じわりと押し寄せてくる過疎化と高齢化で元気を失いつつあった箸荷の地で、集落再生の機運が芽生えたのは、「景観むらづくり協定」より遡ること7年、1993年のことだった。地元消防団のある日の宴席。かつてこの地で上演されていた「素人むら芝居」が話題になり、「俺たち若手消防団の手でこれを復活させよう」ということに。
「そこは酒の力。酔った勢いでだれもが大きなことを言い出し、言った以上はやり遂げることになりまして」と今中さんが苦笑まじりに語ってくれた芝居復活までのドラマは、それ自体、笑いあり涙ありのドタバタ劇だ。公務員もいれば、トラック運転手、会社員もいる消防団員が入り乱れて、ともかくもこの年の秋、むら芝居は復活した。
ところが、「1回成功すれば病み付きに、という消防団の伝統=v(今中さん)もあって、芝居上演はその後恒例化。97年には「日本で唯一の消防団劇団」をキャッチフレーズに、「箸消興行」と名乗るまでになる。老人ホームでの慰問公演、全国からの台本公募など活動の幅も広がり、02年には婦人会や老人クラブなども参加する「箸荷むら芝居保存会」も誕生。20畳規模の舞台を備えた芝居小屋兼公民館「箸荷むらづくり館(やかた)」もこの年に完成した。
こうなれば火消し男≠スちの勢いは止まらない。この年の秋には、箸消興行が呼び掛け人となって、第1回「全国むら芝居サミット」を開催。1日50通ずつ、延べ1500通にも上った箸荷からの熱いメールに応えて、北は山形から南は大分まで総勢400人、15劇団が「館」に集った。「全国むら芝居ネットワーク」も結成され、言い出しっぺ≠フ箸消が事務局に、今中さんが事務局長になることも決定。サミット自体もその後、新潟県佐渡・赤泊村、愛知県西春町(いずれも当時)などを回り、来年は新潟県上越市で開催予定。設立時17だった加入団体も、今では23まで膨らんだ。
箸荷の人々の挑戦はその後、地域を花で飾る「花くらぶ」活動、村落誌や集落新聞の発行などを経て、特産品づくりにも向かう。地酒「かみ芝居」「お涙頂戴」の醸造・販売、「はせがい紅茶」「紅茶うどん」「紅茶クッキー」、そして先月着手した「全国初の紅茶焼酎づくり」(今中さん)等々だ。
これらの特産品づくりにかかわる人たちの話を聞いていて、まず驚かされるのがその豊かなアイデアだ。例えば、地紅茶。「田舎ですから、農家の多くが自家用の日本茶を栽培しているのだけれど、茶摘みは普通、一番茶を摘んだら終わり。そこに目を付けて、伸び放題の二番茶も摘んで、これを紅茶にしたんです」。箸荷紅茶の会会長、足立はるみさんの弁である。
このアイデアを聞くや、「面白い」とたちまち集落の婦人30人が集まったという、そのパワーも凄い。「小さな集落ですから小回りも効くし、何でも『みんなで』となるんです。特産品も芝居も景観保存も、結局、根っこにあるのは絆の強さなんです」。同じく箸荷紅茶の会で活動する今中ツヤ子さんの説明だ。
ちなみに紅茶シリーズ≠ヘすべて商品化に成功。今年9月には「全国紅茶サミットin箸荷」も開き、全国から集った紅茶通がその風味を絶賛したという。
丸1日をかけた取材の最後に今中さんが案内してくれた「箸荷むらづくり館」。玄関を開けると、壁にずらりと表彰状が。「全国ふるさとづくり奨励賞」(98年)、「農水省 豊かなむらづくり全国表彰」(02年)、「総務大臣表彰」(03年)……。「どれもが住民1人ひとりの勲章です」と今中さんが目を輝かす。箸荷の挑戦≠ヘ終わりそうにない。
今中孝介さんに聞く
キーワードは 「ここ」と「みんな」と「ソフト」
――これまでの地域づくりを振り返っての感想は?
今中 集落の雰囲気も人の心、意識も変わりました。誰もが地域への思いを一層熱くし、地域の一体感が強まったことが最大の成果≠セと思っています。
地域づくりに取り組むと、人と情報とお金が集まることも分かりました。
人ということでは、むら芝居サミットや紅茶サミットの縁で知り合った人たちとの交流をはじめ、各地の自治体やマスコミの関係者がこぞって箸荷に来てくれています。情報も、「全国むら芝居ネットワーク」の事務局がある集落として、全国各地の劇団や自治体と盛んに交信≠オているほか、特産品づくりや景観にかかわる情報も全国ネットレベルで交換しています。
お金は国や県、町からの助成金です。「むらづくり館」の建設、「景観むらづくり協定」に伴う住宅建て替え資金など、どれにも国や県から援助が出ている。私たちの活動が評価された結果だと自負しています。
――いわゆる「限界集落」へのアドバイスは?
今中 「限界集落」とは65歳以上の高齢者が半数を超える地域を指すようですが、しかし、数字が50%を超える集落の中にも、住民が誇りを持って地域づくりに挑んでいる集落は少なくありません。数値的な物差しだけで「限界」と決め込むことに疑問を感じます。
箸荷での経験や、また全国の農山村集落から集まってくる情報に接して思うことは、「限界集落」とは、そこに住む人の心が「限界」となった集落だということです。心の過疎、これこそが「限界集落」の見えない定義≠セと思うのです。
――心の過疎≠ノ陥らないためのポイントは?
今中 一にも二にも、そこに住む人々が行動を起こすことでしょう。日本の産業構造の歪みは歪みとして挑戦するしかない。指をくわえているだけでは過疎化、高齢化は進む一方です。
ポイントは、第一に「ここ」を大切にすること。自分たちの地域にしかないこと、自分たちの集落でしかできないことを探すことです。第二のポイントは、「みんな」で考え、「みんな」でかかわることでしょう。
第三に最も重要なポイントとして、「ソフト」を大切にすること。どれだけ立派なハコモノを建てても、そこに魂が入っていないなら成功しない。箸荷もまず、むら芝居を復活させ、そのあとに「館」ができました。特産品関連でも、まずは各グループが惣菜や漬け物などの特産品づくりに挑戦し、その結果として特産品開発センターが建ちました。
――今後の課題は?
今中 地域おこしや景観保存は継続が大変です。箸荷も10年、15年先、もっと高齢化が進み、若者が減る可能性が大きい。そのとき、地元の元気をどう維持し、山や川をどう守るのか。とても気になります。カギは教育なのでしょう。子どもたちの古里を愛する心≠どう育むか。家庭での子育て、地域での青少年育成も地域おこしなのだとの自覚で取り組んでいきたいと思っています。
記者の目
2643集落が消滅の危機 政府・自治体 地域性重視の支援策を
国土交通省などが06年に実施した調査によると、65歳以上の高齢者が半数を超え、社会的な共同生活が困難な集落は、全国に7878もある。また、2643もの集落が消滅の危機に陥っているともいう。
一般に「限界集落」と呼ばれるこれらの集落を救うため、国や自治体はここに来て相次ぎ支援策の検討に入った。先月30日には、146自治体が集落再生を目指して連絡協議会を設立。政府も「地方再生戦略」を決定した。また、国交省では10月、集落の維持策を検討する委員会を設置。総務、農水省も検討に着手した。
農山村集落は、国土や環境の保全面で最前線の役割を担っている。祭りや芸能など郷土文化の守り手でもある。国や自治体は全力で支援に取り組んでほしい。
問題は、支援の中身だ。その意味で、「元気集落・箸荷」の姿は大いに参考になるのではないか。徹底した住民参加とソフト重視、地域の独自性と多様性へのこだわりなど、いずれも「公」が進めてきた従来の過疎対策に欠けていた視点だ。
早い話、成熟化社会を実現し、多様なサービスを創出するはずだった市町村合併も、財政不安の解消と合理化、効率化のみが先行し、当初の分権理念がかすんでしまった観がある。そのツケが、過疎集落に回っていることを直視したい。地域性を無視した企業誘致や、対症療法的なハード整備が、今や地域の重荷≠ノなっていることへの反省も必要だ。支援策の検討は、過疎集落から聞こえてくる怨み節に耳を傾けることから始めなければならない。
公明党が今、全国の過疎集落で住民との対話を重ねているのも、この「反省」に立ってのことだ。「ソフトは地域にある。最強のソフトは地域性と住民の知恵である」(藪野祐三・九州大学教授)ことを噛み締めたい。